「これでは卒業できない」「卒業したくない」…。単位は取得できるのに卒業を見送り、大学に居続ける学生が増えている。就職活動が思うように進まず、卒業しても行き場がない。「就職浪人」して再チャレンジにかけているのだ。経済界では既卒者救済の動きもあるが、大学残留の動きは止まらない。本当は卒業したいのに卒業できない就職浪人の実態を追った・・・
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明治学院大学のAさん(男性)は大学生として5回目の春を迎えた。採用内定をもらえず、卒業しても勤める先がない。もう1年、就職活動を続けるため、留年を決めた。
3年生の10月から始めた就職活動では花王やライオンなどの生活用品メーカーを中心に30社程度の試験を受けたが、全滅。「秋までにはどこか決まるのではないか」との期待も裏切られ、「大企業がダメなら中小企業がある」との見通しも甘かった。
卒業するための単位を取得できるメドはついていたが、「企業の新卒偏重は明らか。卒業して就職活動するのはリスクが大きすぎる」と判断した。再チャレンジでは「前回は大企業を重視したために出遅れた中小企業にも早い時期から訪問したい」という。
■卒業延期に声弾ませ
青山学院大学のBさん(女性)は3月9日に学校から届いたメールにほっとした。メールは「Bさんの卒業延期制度の利用を認める」という内容。「これでやっと就職活動に専念できる」。Bさんは声を弾ませる。
実はBさんは業容拡大が続く大手流通業から内定をもらっていた。昨年10月の内定式にも出席したが、「希望する職種には配属できない」と人事部に言われ、11月に就活の1年延長を決めた。卒業延期が認められたことで、「無職」となりかねなかった肩書が「2012年3月卒業見込み」に変わった。「門戸が断然広がったと思う」と“大学公認”の留年に喜ぶ。
就活のために卒業を見送る大学生が目立つ。
学生に話を聞くと「ほかの単位はすべて取得して卒業論文だけ出さずに故意に留年した」(早大生)「同じサークル50人のうち8人が留年した」(明大生)といった声が珍しくない。
就職氷河期の厳しい採用状況はいっこうに改善する気配がない。リクルートワークス研究所によると、大学生が好む従業員5000人以上の大企業の求人倍率はわずか0・47倍。志望先の内定がもらえないと分かると、大学受験のように「浪人」を覚悟する学生が増えている。
■大学も卒業先送りを黙認
厚生労働省の調査によると今春に卒業を予定していた学生約40万人のうち、就職先が決まらないままに卒業する可能性があるのは9万人(2月1日時点)。これとは別に、「数万人規模の大学生が就活のために卒業を先送りしている」(就職支援サービスを手掛けるジョブウェブの佐藤孝治社長)と言われる。
「就職難が続き、学生の就職浪人への抵抗感が薄れているのが要因の一つ」(同)だが、大学側にも学生救済の名目で残留を認める動きが広がっており、就職浪人の増加の背景となっている。
前出のBさんが利用する卒業延期制度はその代表。卒業に必要な単位を取得していても大学に籍を置くことを認める制度で、従来は内定取り消しなど緊急措置に対応するために用意していた制度だったが、いまや就職活動で留年する学生の受け皿となっている。青山学院大学では今年度に制度の利用を希望した学生が昨年度に比べ41人増えて260人となった。制度を新設した東海大学では188人、専修大学では147人がこの春の卒業延期を希望した。
単位を取得済みのため、就職先さえ決まれば、確実に卒業できるという安心感と、割安な学費が一般の留年とは違う。大学によっては、費用が在籍料の10万円程度で済む。
中には、就活を始める時期に「万一の際は卒業延期制度もある」と案内する大学もある。
卒業延期制度には批判もある。東京六大学のひとつであるC大学のキャリアセンターの責任者は「問題を先送りするだけの感心しない制度」と指摘する。「妙なセーフティーネットとなってしまい、安易な逃げ道を作るから学生の就職活動に真剣味が足らなくなる」という。
制度を導入する大学も制度のデメリットを理解してはいる。だが、就職先が決まらない学生が増える現実に対し、有効な対処法が見あたらず、卒業先送りを黙認せざるをえないのが実情だ。制度の問題を指摘するC大学でもこの春に400人が就職先未定のまま卒業、キャリアセンターは頭を痛めている。
ただ、経済界では就職先が決まらないまま卒業した既卒者を救済する動きが出始めている。日本経団連は1月、卒業後3年以内の既卒者について、新卒と同様の扱いで採用するよう会員企業に求めた。額面通り受け取れば、大学に無理に残留する必要はなくなる。それでも、就職浪人は減らないのか。
■経団連の呼びかけにも学生冷ややか
せっかくの経団連の呼びかけだが、実際のところ、就活する学生側も、採用する側の企業も反応は冷ややかだ。
主な大学の卒業延期希望者数(人)
大学名 卒業延期制度
希望者 前年度比
青山学院 260 +41
立教 100 +9
東海 188 今年度から開始
帝京 25 今年度から開始
国学院 86 今年度から開始
専修 147 今年度から開始
成蹊 77 +15
学習院 124 今年度から開始
関西学院 160 +21
甲南 65 今年度から開始
学生からは「希望する会社に1社でも新卒扱いしない会社があれば、卒業はできない」「企業別に既卒者の採用数を明示されなければ信用できない」「卒業したら無職。後戻りできないリスクは大きい」と実効を疑問視する声が挙がる。「就職サイトで調べたが既卒OKという会社がほとんどなかった」と落胆する学生もいる。
経団連も「あくまでも紳士協定。足並みがそろうのかは実施してみないと分からない」と学生の疑問を受け止めきれない様子だ。
本当に既卒者の採用は進むのか。すでに今春入社向けの採用から「既卒3年以内を新卒扱い」とした企業に聞いてみた。不動産関連のある大手企業だ。応募者はいたが採用には至らなかったという。採用責任者は「やはりフリーターから急に採用と言っても難しい。海外の大学を卒業した学生を採るための制度という感覚で運用している」と話す。2007年に応募要件から年齢の条件を外したある情報システム会社でも、応募はあるものの採用実績はないという。採用担当者は「3年間猶予があるとなるとインド放浪などが流行(はや)って、同じような話を面接で聞かされそう」と苦笑する。
「既卒者の応募は受け付けるが、書類選考で落とすことになる」と明言するのは、あるネット広告代理店の採用責任者。同社が今春入社に向けて内定を出したのは約20人。応募数は約5万人もいた。「留年組のなかには素晴らしい人材がいるかもしれないが、石山のなかから一粒のダイヤを見つけるのは困難」と説明する。「採用もコストがかかる。効率的にやらないと」というのが企業の本音のようだ。
学生も企業のメッセージに本音と建前があることはよく知っている。
■学歴不問の本音は…
例えば、「出身大学を問わず広く門戸を開いている」とする企業。その多くが建前であるのが実態だ。
大手商社の就職説明会にインターネットでエントリーしようとしたDさん(女性)。「満席」と表示されたため、仕方なく断念した。しかし、自分よりも偏差値の高い大学の友人たちに聞くと「まだ空席がある」という。大学によって定員を変えているのだ。
就職を希望する大学生数の推移(青は就職先未定のまま卒業見込みの学生数、2月1日時点、厚生労働省調べ)
大手機械メーカーの採用担当者は「大学名をもとに説明会の予約画面を切り替える会社は珍しくない」と解説する。大学別に説明会に参加できる人数を設定したり、特定の大学に絞ってメールを送ったりというサービスが登場。学生が大学名を入力しなくても、メールアドレスなどから自動的に大学を判別、下位校の学生には「満席」の画面を表示させるシステムも販売されているという。IT(情報技術)を使えば、入学年度から留年かどうかを推測して絞り込むといったことも簡単にできる。「採用業務が効率化できると売り込まれた」と機械メーカーの担当者は語る。
志望先への就職は狭き門。既卒者救済もどこまで広がるかは不明――となれば、学生が大学残留を選ぶのも無理はない。
ただ、安易な就職浪人には危うさもある。
ある政令指定都市の私立大学の場合、昨年度に10人が卒業延期制度を利用し、就活に再チャレンジした。だが、内定を勝ち取ったのはわずか3人。残りは就職先を決められずに、また春を迎えている。
ジョブウェブの佐藤社長は「卒業延期制度などが流行し、留年組に意欲が低い学生が増えると、『留年生には魅力的な人材がいない』とレッテルを貼られるリスクもある。安易な卒業見送りはやめたほうがいい」と警鐘を鳴らす。
3月11日には東日本大震災が発生。就職・採用戦線にも大きな影響を与える。多くの企業は採用活動の延期を打ち出した。被災地への配慮のほか、業績への影響を見極めて採用活動したいという企業の思惑もあるとされる。業績次第では採用を絞り込む企業が増える可能性もある。被災地では「採用を取り消される」(東北学院大学)との心配さえ現実のものとなりつつある。来春は就職浪人がさらに増えることが予想される。卒業延期で問題を先送りしても展望は容易には見えてこない。
(西雄大)
2011/4/4 7:00